ユキノの雑語りブログ

ただのオタク

常識破りの"でたらめ映画" 『大長編 タローマン 万博大爆発』


皆さんは『岡本太郎式特撮活劇 TAROMAN』を御存知だろうか?
『TAROMAN』は今から約2年ほど前、突如NHKの深夜に放送され始めたかつて70年代に放送され、映像が失われていた(というテイで展開される)特撮作品である。
岡本太郎の作品を基にした怪獣である「奇獣」とタローマンが戦うという王道的な特撮ヒーロー作品でありながら、岡本太郎の言葉や思想を反映した作品となっており、その作風から深夜の5分放送でありながら非常に話題になった作品である。

そして(偽)ドキュメンタリー『タローマンヒストリア』や、かつて公開された劇場版(嘘)の『帰ってくれタローマン』の放送を経て遂に劇場上映したのが本作である。

今回はそんな『大長編 タローマン 万博大爆発』(以後:劇場版タローマン)の感想を書いていきたいと思う。


※今回のブログは映画のネタバレを含む可能性があります。予め映画を見てから読むことを強くオススメします。

あらすじ


まず本作の軽いあらすじをさらっておこう。

時は1970年、昭和45年。日本では大阪万博が行われていた。そんな時、謎の集団が大阪万博を襲撃。それと同時に2025年、昭和100年の未来から来たサイボーグである未来戦士エランが加勢する。エラン曰く、彼らは過去の万博を消し去る事で未来で行われる宇宙大万博の存在も消し去ろうとしているとの事。そして、未来の世界は奇獣の襲撃で大変な状況に、そこでCBG(地球防衛軍)は未来を救うためタローマンを未来へ送り、自分達も未来へ向かうのだった。


本作の感想

ここからはネタバレを含みます。未見の方は次の「まとめ」の項目に向かってください。


まずもって本作は『TAROMAN』の映画として、いや、一つの映画作品として素晴らしい物であったと思う。元が5分作品なのに対して105分もあるため少々長く感じるものの、その分TV本編では描けなかったCBG隊員達の個性や活躍がふんだんに盛り込まれているのも特徴であろう。また、ヒーロー作品特有のヒーローが負ける事での葛藤やヒーローが出ると話が終わってしまうという部分はただでさえタローマンと嚙み合わせが悪い要素なのに、映画にすると余計にそこをどうするのかが課題であっただろうが、そこを記憶を失ったタローマンと少女の交流というサイドストーリーを作る事でかわしながらも、そこでタローマンの愛嬌を描きながら本筋に帰結させる流れは非常に上手かったと思う。
そして本作の最大の特徴は「映画の常識を壊した」という部分であろう。これは終盤タローマンが行ったある攻撃以降の映画の画作りや本作の所謂ボスとなる奇獣を倒すシーン、そして読ませないクレジットなど全てにおいて映像作品の常識として「ありえない行動」なのである。しかしこう言った「でたらめ」は『TAROMAN』と言う作品が根本に抱えるテーマの現れであり、これを描く上での下地がシッカリとしているからこそ受け手に受け入れられてもらえる物だろう。だからこそ滑っている描写にならず、同時に観客を予想外の行動で驚かせるという手法が機能しているのである。
クレジットを読ませないというのは恐らく映像制作側においては御法度であろうが、これは恐らくパンフレットで読めるであろう(ボクはまだパンフを買っていないのでここは分からないが)から出来る事であろうし、パンフレットを買ってもらう誘導としても面白い試みだったのではないだろうか。

また、劇場版タローマンにおいて一番大切なのが「でたらめと秩序」である。
本作では「でたらめな現代」の対比として「完璧な秩序で管理された、でたらめを許さない未来」が描かれており、そこで同時に秩序社会において管理側に回れるほど規律正しいエランが「でたらめ」という概念に苦悩していくドラマや、秩序社会においてダメダメな、社会から見れば「でたらめ」に近く、父親の様にキチンとして人間になろうとする少女とタローマンの交流が描かれる。「でたらめ」を許さない秩序社会でありながらも奇獣を倒すためにでたらめな存在を必要とする二律背反や、社会において「でたらめ」は必要なのか?と言う部分をこの二人の人物を中心に未来社会やCBGのメンバーを通して描かれている。これはある意味、人や社会に心の余裕が無くなり、何に対しても他者に厳しい社会に対するアンチテーゼ、課題の投げかけでもあるのだろう。

そしてこの「でたらめと秩序」がこの映画の構成にもキチンと出ており、「でたらめ」をやりながらもそこにはエンタメとしての「秩序」もちゃんとある。どちらかだけが優れているのではなく、どちらも必要であるというのがこの映画全体でキチンと伝わってくるのが非常に良い所であろう。



そして本作が一番大切にしている所である「岡本太郎の理念」であるが、これを見ると一つ思わされた事がある。それは令和万博においては象徴となる建造物が無い事である。昭和の大阪万博においては岡本太郎が作った太陽の塔がシンボルとなっており、これが今も岡本太郎の作品として一番の知名度を持ちながら、同時に大阪万博という概念を体現し、未来へ継承していく存在である。そしてこれが観光名所としてあるからこそ今でも万博公園には人が集まり、そしてかつてあった万博という存在を伝えてくれる存在となっている。そう言った意味でももしかすると、これが残っていき、いつまでも人に覚えられている事こそが岡本太郎の理想なのであろう。


まとめ


まあここまで長々と書いたが、とにもかくにもこの映画は面白いし、何も情報を入れずに映画館で見るからこそ楽しめる最高の映画体験が味わえる。そういう意味でも非常に楽しく面白い傑作映画であろう。ボクは渋谷で見たのだが、タローマンが出るたびに声を出して笑って喜んでいる子供が非常に微笑ましかったし、後半になると耐えられなくなった大人達も笑い所で声を出して笑っていたのがとにかく映画館で楽しめる映画体験として良かったと思える物であった。しかも渋谷で見る事でそのまま渋谷駅にある「明日の神話」も見られてお得である。この映画単体でもかなり楽しめるので、渋谷に行ける方は是非とも渋谷で見てみよう。

ただ、個人的にはもう一回見たいものの、見に行くなら近場でかつ会員なMOVIX系列がいいのでMOVIXでもやってくださいと強く思う。

この映画は質感や作品としては『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』に近いだろう。もしこちらが未見の方が居るなら是非とも見てほしい。


というわけで今回のブログはここまでである。

最近全然ブログ書けていなくてすみません。

では次回のブログで。

ノシ