ユキノの雑語りブログ

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邦画史に残る傑作の一本『ガメラ2 レギオン襲来』


皆さんは『ガメラ2 レギオン襲来』(以後:ガメラ2)を観た事はあるだろうか?

ボクはその昔、兄貴がこの映画を借りてた時になんとなく覗いたらちょうど地下鉄のシーンでビビリ散らかした記憶があるトラウマ映画となっていたのだが、2021年にあったリバイバル上映をなんとなく観に行ったらとにかく面白すぎて大好きになった一本である。正直ガメラシリーズは全然詳しくなく、幼少期に親に『小さき勇者たち~ガメラ~』を連れて行ってもらってそれがなんとなく好きだな~と思ってたのと、ファミリー劇場で昭和の第一作目をちょっと見た程度であるのだが、この『ガメラ2』は本当に傑作だと思っている。
今回2026年のリバイバル上映も観に行ったため気持ちがホットになっているのもあり、この記事を書いて行こうと思う。

本作のあらすじ


突如宇宙から謎の隕石が飛来し、それが北海道の支笏湖の南西に衝突する。しかし、不可解な事にその隕石は確かに地面に衝突し森をえぐり取った形跡があるのに消失しており、さらに制動が掛かったような形跡もあった。
その隕石飛来直後から謎の電波障害が発生。そしてその数日後、札幌の地下鉄にて謎の生物による地下鉄襲撃までも発生する。そして、さらに札幌の街に巨大な植物が出現。ソレは爆発すると半径6km四方を吹き飛ばしてしまうものだった。
謎の生物・レギオンの目的は何なのか。そして、日本は、人類はレギオンに勝利するのか、それとも滅ぼされるのか。生存をかけた戦いが始まる。


本作の魅力


まずはこの予告編を見てほしい。

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これほどまでにカッコよく、ワクワクさせられる予告が他にあるだろうか。

そして本編もこの予告に負けないくらい滅茶苦茶に面白い。

話の構成力


本作は主に「札幌編」、「仙台編」、「足利編」の三編で構成されている。ここではそれぞれのパートの上手さを説明していこう。

札幌編

謎の隕石の落下→電波障害の発生と謎のオーロラの出現→ビール工場での謎の生物の発見とビール瓶のみが消失する事件が発生→札幌地下鉄にて事故が発生→地下鉄を巣窟とする謎の生物を発見→巨大植物・草体の出現
と、段階的に色々な事が発生していく。
このパートでは段階ごとに発生する事に対して人類側が現状で出来る範囲での対応をしていきながら、謎を展開している所が作品としての上手さだろう。特にそれを象徴する部分が通信機器の下りであり、「地下鉄事故の調査に通信機器を持って行った警察が襲われる」→「電波障害で使い物にならない通信機器を置いて行った自衛隊は襲われない」→「地下鉄に生存者が居る」→「被害者の生死を分けたのはなんだったのか」と要素の出し方も上手い。これにより見ている側も「通信機器を持っている人が襲われるのではないのか?」と推理出来る物になっている。そしてこれがレギオンの特徴を表したものであり、今後の話において重要な部分となってくるのである。
そして、このパートで「レギオンと草体はハキリアリの様な共生状態である可能性があり、どちらかを処理すればいい可能性がある」、「草体は宇宙にレギオンの種子を爆発で打ち出す存在と考えた場合その被害はどうなるのか」、「種子を打ち出した時のエネルギーは半径6km四方を吹き飛ばす威力がある」と、仮定の話をしながらも、レギオンの脅威や特徴を端的に説明している。この「レギオンと草体」の部分は一本の映画で説明するために少々強引な部分と思うものではあるものの、レギオンという未知の生命体の恐怖を演出した上で人類側が今持っている知識とそれに伴う仮定のみでここまでレギオンという存在の脅威を演出するのはかなり上手いだろう。これにより、レギオンは人類と共存不可能な、絶対的な敵である存在であるという事を見ている側へ提示しているのである。

所謂導入にあたる部分。このパートでは本当に最後になるまでガメラが出てこない、ガメラウルトラマン的なポジションとなっている。そのため、人類側とレギオンのパワーバランスがシッカリと描かれているのも特徴だろう。そして、レギオンを人類の敵であるとシッカリ描写した上で草体を破壊しようとするガメラという描写をする事で、この映画のヒーローであるガメラは人類の味方である可能性(=ゴジラとは違うスタンスの存在)という部分に説得力を持たせている。

また、このパート(というか映画)は続編物の導入であるにも関わらず、ここで前作のおさらいや前作を観ていないと分からない様な要素を出さず(ギャオスの存在とそれに関連する人物だけさくっと説明される)、この映画だけで一本が完成するという土台をちゃんと見せているのもポイントだろう。

仙台編

まず、ここでは前パートにて分かった情報を推理し、レギオンという生命体の特徴を推理(説明)する事から始まる。そこで「電波障害の原因は何か」、「何故ビール工場を襲ったのか」、「ビール工場にあったケイ素はなんなのか」、「レギオンが襲ってくる原因」をそれぞれ端的に説明している。
そして、ここでは明確に「人類の敗北」が描かれているパートとなっている。ここで草体が爆発するとどうなるのかを描いており、同時に、この敵・レギオンに対して後手の対応では人間に勝ち目が無いという事に説得力を持たせている。
所謂ヒーロー作品における苦戦のパートであり、ここでは最初は上手側に居たガメラが後半から下手側へと移っており、視覚的な側面でもレギオンが優勢な事が描写されているのである。
また、特撮作品としてここの特撮パートは圧巻であり、特に、原爆を想起させる様な仙台が吹き飛ぶシーンは衝撃的な物となっている。

足利編

ここは最終決戦となるパートとなっている。ガメラが草体の爆発で死んだ今、都市に向かう可能性の高いレギオンを人類がどう立ち向かうのかが色濃く描かれている。そこで重要になっていくのがこれまで分かっているレギオンの生態と、そして、仙台のパチンコ屋のネオンに集まって死んでいたレギオン達とその理由である。
巨大レギオンが都市である東京に来る前に群馬と埼玉の県境を最終防衛ラインとした総力戦を開始し、自衛隊が持ち得る全ての火力を使いレギオンを排除しようとする構成は手に汗握る物である。
このパートでは自衛隊と復活したガメラしか活躍が描けない様に見えて、ここの場面でのMVPは、NTTに連絡を入れ、小型レギオンを誘導させた吹越満演じる帯津と、何も知らないまま人類を助けるための重要な行動をさせられたラサール石井演じるNTT職員だろう。主人公である穂波の持つ知識と予想を踏まえた上で、ここの二人のサポートとしての活躍でガメラ自衛隊を救う描写を入れる事で、この映画における無駄な登場人物が居ない事、そして、知略においても人間はレギオンに勝てたという部分を現している。作中で描写されてないが、「(NTTの電波は)今夜は発信してはいけない事になっている」という台詞も自衛隊(もしくは国)が安全の為に止めたというのが察せられる物となっている部分は台詞回しの上手さだろう。
また、このパートのラストで飛び去るガメラに敬礼をする自衛隊と、そうでない自衛隊が居るのが非常にリアルであると同時に、心に響く描写になっている。

エピローグ


この映画はなんと、映画が終わるラスト5分前というギリギリまでレギオンとの攻防を描いている。そこまで描き、1作目のギャオスの撃退、そして今作のレギオンの撃退と二度もガメラに助けられて得た平和を背景に、「ガメラは人類の味方なのか?」というシリーズの肝である会話を簡単に済ませて終わる。エンドロールを考えると僅か2分ほどしかないシーンなのだが、ここまでレギオンの生態を適格に当ててきた穂波の「ガメラが救ったのは人間じゃないと思う、この星の生態系じゃないかな」と予想した上で「ガメラの敵には、なりたくないよね」という印象的な台詞を最後にエンドロールに入る。これにより、人類とガメラはレギオンに勝ったが、そのガメラはいつまで人類と共に歩んでくれるのかを考えさせる余韻を与えている構成は本当に上手いだろう。
そして、本作の主題歌であるウルフルズの「そら」は特撮映画には珍しい、爽やかな曲調となっており、映画を一本見終えた時の読後感の様な物を少し前向きにさせてくれるという効果が非常に出ているだろう。

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登場人物の描き方

本作においての人間ドラマは一貫して「謎の生命体レギオンに対抗していく人類の姿」のみを描いており、それぞれがそれぞれの立場での職務を全うする姿がとにかく光る。
所謂邦画、映画として人を惹きつけるラブロマンスや、パニック系でよく槍玉にあげられる誰かが足を引っ張る展開などもなく(一応帯津が渡良瀬に対して嫉妬の様な対抗心を見せる事はあるが)、所謂邦画的な登場人物が感情を爆発させ、ダイレクトに感情に訴えかけるシーンは本作では無いと言っても過言ではない。
しかし、そこまで邦画的仕草をそぎ落としても、キャラクターそれぞれの魅力や人間ドラマの部分が遜色なく描かれており、言わばモブであるラサール石井演じるNTT職員すら魅力に感じられるのがまさに本作の上手い部分だろう。
また、自衛隊としても一貫してガメラを頼る様な事をせず、終盤までガメラを当てにせずに戦い続け、最後の方でもガメラを援護する形で勝利に貢献している。これは、映画の看板としてのヒーローのガメラと、話の軸となる人類のどっちも主人公であるという描写だろう。


映像効果

また、本作は映像効果としても非常によく出来ているものである。
札幌編にて、特に地下鉄のシーンでは人類側が下手(見る側から見て画面左側)、レギオンが上手に配置されている。そして、ガメラは上手から登場し、ガメラが登場する事でレギオンの立ち位置が下手になっていく。詳しくは富野由悠季監督の書いている「映像の原則」という本を読んでほしいのだが、これは、この場面において人類はレギオンに無力であり、そして、ガメラはレギオンからは脅威となる存在であるというのを視覚的に表している。
この映像の原理原則はその後のパートでも生きており、仙台編では徐々にガメラは下手側に追いやられるし、足利編ではガメラは上手から登場するが下手側に回り込み、最後レギオンを撃破する直前までガメラはずっと下手側で苦戦をしている。
また、足利編の人類側の攻撃も下手側に配置されており、巨大レギオンという圧倒的な存在の前では無力であるというのを視覚的に分かりやすくしているのである。


また、特撮シーンも素晴らしく、仙台編はアナログ特撮の真骨頂であると言える。また、この時期の映画としてはCGのクオリティもかなり高く、使っているシーンは少ないとは言えど、どれも今見ても違和感のないものである。


まとめ


いかがだっただろうか。

本当に限られた劇場だけではあるが、本作はまだやっているはずなので是非とも映画館で観てほしい。映画館の大スクリーンでかつ、ドルビーシネマという最高の画質と立体音響で楽しむ事でこの映画の真のポテンシャルが発揮されるので、行ける人は絶対に映画館で観てほしい。

また、本作はガメラシリーズの他の作品を観なくても楽しめる一本なので、是非ともガメラ2だけでも観てほしいと、強くオススメをしたいのである。

本作の脚本を担当した伊藤和典氏が担当している『機動警察パトレイバー the Movie』も傑作であるため、ガメラ2を観た方はその流れでこの劇パトを観る事を強くオススメしたいと思う。(この映画もいつかブログを書きたいですね)


というわけで今回はここまでである。


それでは次回のブログで。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


ノシ