
あなたはもう『君と花火と約束と』を見ただろうか?
まだ公開一週間くらいなのにもう既に公開時間がヤバすぎる事になってたので急いで見に来たので、今回はそんな映画のホットな感想を書いていこうと思う。
あらすじ
主人公・誠が高校の入学の日に出会ったヒロイン・アキ(漢字がムズいぞ)。
そんなアキが2年生の夏休みに東京から長岡へ引っ越すこととなった。
そんなアキに着いて行った誠は、秋の曾祖母の家へと行くと、過去からやってきた少女と出会うのだった。
本作の感想
既にあらすじの薄さで察してもらえてると思うが、この映画のシナリオはぶっちゃけ語るところがそんなに無い。1クール作品にしていればもう少し生まれていそうな愛着というものが約100分しかないためあまり湧かないという事もある。
そんな色々を書き連ねていこう。
ヒロインとの思い出が、無い・・・

本作の主人公は冒頭で一目惚れしたヒロインに対する感情が基本的な行動理念となっているのだが、このヒロインを好きにすべき青春パートが前半約30分しかない。しかもなんと後半からは存在そのものが世界から消滅するので出番すらない。
ではその出番がある前半パートで好きになれるかと言うと、主人公との交流は出会いと主人公が絵を描くことを再び始めるための会話と美術室で弁当を食うシーンと文化祭で弁当を食うシーンと母親の命日シーンと喧嘩シーンくらいしかない。そもそもとして1年3ヵ月の内容がダイジェストで進む上にヒロインの出番は前半部分の更に半分しかないのだ。
それなのに前述した通り1年3ヵ月をダイジェストで進めるため、そもそも主人公の感情や場面の空気がよく掴めないままヒロインの引っ越しに謎スピードで間に合ってヒロインの田舎の家に行く流れとなりヒロインが消滅するため「主人公が一目惚れしたツラのいい主人公のファン」以上の感想が無い。
なので作品としてのヒロインとの思い出が無いので、主人公がヒロインを回想するシーンでもその薄い思い出で乗り越えてくるので本当にビックリしてしまうのだ。
演技
この映画の主演は皆さん御存知佐藤勝利氏である。
まあそういう映画特有の棒読み演技なのだが、演技も声もハマっていない。
高校生の声じゃないってほどではないのだが、こういうキャラデザのこういう作品の演技としてはあまりにもハマっていないのが本当に困ってしまう。本当に平常の台詞の終始抑揚がない。そういう演技だとしても声自体がハマっていたり、アニメとしてバランスが取れていたら気にならないのだが、この映画は1クールに3本くらいは存在してそうな深夜アニメ程度の画しかないため本当にこの声と演技がハマってないので困るのだ。
まあメインキャラクターのそもそもの平均がソレならいいのだが、この主人公が基本的に掛け合いをする相手が原菜乃華と高橋李依である。
原菜乃華って誰?って方はこちらを見てほしい

アニメ映画3本目、しかも2本は主人公なためこの人はマージで上手い。アリスの時も上手かったのだが、それ以上に上手くなっている。
なので必然的に佐藤勝利氏だけが浮いてしまっているのだ。
と、思っていたのか?
なんとこの映画には1シーンだけ登場してその登場でインパクトを残してくれる主人公の母を演じる横澤夏子が居る。
ぶっちゃけ主人公よりヤバイぞ。
で、公式サイトを見て気付いたのだが

マジで1シーンしか出番がないのに横澤夏子演じる母親がメインキャラに肩を並べている。
妹や友人よりも圧倒的に出番が少ないのになんで!?!?!?!?!?!?!?!?
映画としての画面が出来ていない
この映画は作画は整っている深夜アニメ程度のクオリティしかないため、映画としてあまりにも画が弱すぎるのだ。
まあでもこれに関しては原作の連載が25年8月~10月末までだったらしいので、そのスピード感で映画として出してるなら仕方がないだろう。どういう企画で進行したら原作開始1年後には映画が全国上映されている状況になるんだよ。
特に個人的に気になったのがヒロインが新幹線に乗った時は通路側に座っていたはずなのに、主人公が来た時にはいつの間にか窓際へ移動していたところだ。もしかしたらここはボクの見間違いかもしれないが。
また、カットの繋ぎ(?)、感情の流れを見せてくれる映像の繋ぎ方が出来てない様に感じる。その上でラブライブもビックリな心情表現天候操作を頻発させてくるのが本当に気になってしまう。
特にヒロインとの喧嘩シーンは直前まで綺麗な夕焼けだったのがいきなり雨雲まみれになり雨が降り始めるシーンである。 ここは本当に疑問に思った。
他にも、まだ学校に生徒が残っているのに学校が完全消灯して真っ暗になっているシーンも気になった。そもそも夜空に月が浮かんでいる時間まで生徒が残っているのもおかしいのだが、そうだとしても普通ならそんな状況で学校が消灯しているのはおかしいだろう。ここは月の光に照らされる演出が入るのでそれを活かすためだろうが、そのために整合性の取れてないシーンになっているのだ。
またこの映画、『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』と同じく灯りの無い夜のシーンを本当に真っ暗にしている。しかもなんとそんなシーンから映画が始まってしまう。なのでいきなり「なんでこんな見づらい画面にしてるんだよ」という感想が出てしまうのだ。こういうシーンは嘘でもいいからちゃんと見る側が見て理解できるものにしないとダメだろと思っている。特に映画なら。
脚本の質が・・・
まず本作の脚本を語る上で共有しておきたい情報なのだが、この映画の脚本を担当している「森こうへい」は本作以外に情報が無い。そして脚本原案として原作者ではない人物が二人も存在している。
どういうことなのだろうか。

そんな本作は何度も書いているのだが、特に前半30分はヒロインが引っ越すまでの1年3ヵ月をダイジェストにしており、ドラマが動き始める後半のための事実上の導入である。
つまり味のしない、何も起きない平凡な青春ストーリーで30分も無駄にしているのだ。
また、フユが過去からタイムスリップした後はヒロインの存在が世界から消滅するのだがその理由が一切語られない。まあ本作はSF映画ではないため何故タイムスリップが発生したのかや、何故ヒロインの存在が消えたのかはわざわざ深堀りする必要が無いと言われればそうなのだが、そういうシーンに対して興味が無いせいで終盤主人公が何の根拠もなくヒロインが復活している前提で長岡の街を奔走する。例えば『Turkey!』みたいにそれっぽい推察をキャラクターに語らせるだけでも変わりそうなのに、そういう事は無いのだ。なので、ドラマを発生させる上で一番盛り上がるギミックに対して疑問が残ったまま終わってしまうのだ。
また、過去から来たフユが花火を見上げて急に「ニッポンは敗けたんだな・・・」と悟るシーンがある。この台詞のインパクトにボクは映画館で爆笑しそうになったのだが、何故フユがそれに気が付いたのかはよく分からないものとなっている。

終盤においても、フユが空襲の中バケツに入れて地面に埋め未来に託した花火玉を主人公が通行止めを振り切って花火師に飛ばしてもらうという流れがある。だが80年も地面に埋まっていた花火玉は機能しないだろと思うし、機能しても危ないだろと思ってしまう。
この他にも何故か美術部が存在してない(主人公だけの空間にするため)学校や、何故か主人公が貯水タンク(敵性言語)に避難する様に指示しだしたりとツッコミどころは多いため、テレビを見ながらのアニメ実況が出来ないというのが非常に惜しいのである。
本作の救世主・高橋李依

本作後半から登場するキャラクター・フユ(キャラクター紹介ではハルだが偽名を使ってる理由はあんまありません)。このキャラクターがマジでこの映画の救いである。
ビジュアルもすごくいいのだが、その上で高橋李依の演技が本当に素晴らしい。高橋李依のおかげでこのキャラクターの魅力がグンと跳ね上がっているだろう。
しかもこのキャラクターはヒロインよりも主人公との絡みが多く、しかもドラマを展開してくれるので本当にヒロインより魅力的に思えるのだ。なのでヒロインが消えてもなんとも思わなかったが、フユが死んでしまうのはかなり寂しかったと思える。
総評
とまあここまで文句を言ってきたのだが、ボクはこのアニメが嫌いになれないのだ。1800円払って100分拘束されるほどのクオリティではないのだが、1クールの深夜アニメにしていたらかなりいい線を行けてただろうと思う。
1クール構成にして6話辺りまでをヒロインとの1年3ヵ月をシッカリ描写して、残り5話で後半パートをやれば1クールアニメとして中々に評価されてる作品になってただろう。それが故にこんな急ぎ過ぎたアニメ化になってしまったのがもったいなく感じてしまうのだ。
まとめ
いかがだっただろうか。
多分この映画はテレビ放送も無いだろうから映画館で観ないと多分一生見ない作品だろう。だがもう映画館はちいかわと仮面ライダーに浸食されているので見たい人はさっさと見に行った方がいいと思う。
どうでもいいのだが、この映画を観に行ったら目の前にカップルが来ていた。果たしてこのカップルはこの映画をデートムービーとして楽しめたのか心配である。
というわけで今回はここまでである。
それでは次回のブログで。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ノシ